■ 死のイメージ

2005年7月
吉祥寺・井の頭公園

毎日が辛い。辛いと認識してからなおのこと辛い。休みにも休みが終わりに近づくにつれ、それ以上の理由もなく気分は落ち込んでいく。

先日、酒の席でたまたま死を味わった。アルコール中毒寸前という状況だろうが、それよりもまさに虫の息の私がそこで見たものは、 明るい死後の世界だったように思う。そこは現実のように具体的に何かがある世界ではなかったが、とにかく明るくて気持ちよさそうであった。 それ以上に何も望むこともなく、笑って昼寝をしていられるような、そんな感覚だった。就職してからの辛い現実と照らしあわせて、 私は微笑み、死を受け入れそうになったことを覚えている。親には申し訳ない気もしたが、それもいいか、と思った。穏やかに眠りそうになった。
…いや、まだ私には為したいことがある。知りたいことがある。そう強く思えると、急速にその世界は消えていった。意識は飲み屋のトイレに戻ってきた。汚かった。 それから小1時間、体力が回復するまで時間がかかったのだが…。
死後の世界があるかどうかはわからない。だが、恐らく体にとって死が不可避な状態になった時には、精神も死を受け入れられるように人間は出来ている。 そう思わずにはいられなかった。それは諦めでもなんでもなく、そういうものなのだ。

絶望ではこのような死のイメージは出てこない。つまり、死んではいけないのだ。だけれども息をすることすら拒否したいような精神状態の時に、 ヤマユリに出会った。そこだけ周りから浮いていた。ほんの少し死の香りを感じた。